展示会一覧
首里・那覇の石碑拓本展
首里・那覇に建立された琉球王国時代の石碑の拓本を紹介します。
琉球王国時代、国王の徳を讃えた「顕彰碑」、道路や橋を造った経緯を記した「竣工記念碑」、
墓建立に際して建てられた「墓碑」など、数多くの石碑が建てられました。
1879年の沖縄県設置以降も、いろいろな「記念碑」が建てられ、現那覇市域には、150近くもの石碑があったこと
が確認されています。
今回の企画展では、「首里・那覇の石碑拓本~石に刻まれた物語~」と題し、首里・那覇に建立された石碑の拓本を
紹介します。
この機会に当時の書風や石に刻まれた歴史物語をお楽しみください。
王国時代の男性衣裳 / 王国の漆工芸技術~箔絵・沈金・螺鈿~
今月は尚家資料の中から、王国時代の男性の衣裳をご紹介します。
琉球国王が、プライベートの場でどのような衣裳を身に付けていたかを示す資料は、ほとんど残っていません。その点で、尚家伝来の衣裳類は、国王の知られざる日常の姿を垣間見ることが出来る、貴重な資料といえます。
今回ご紹介する衣裳は、琉球王国最後の国王尚泰(しょうたい)が愛好したと伝えられている品々です。唐衣裳(とういしょう)など儀式用の華やかな衣裳とは異なり、小柄の模様に抑えた色使いがなされ、一見すると地味な印象を与えます。しかし、いずれの衣裳も上質の苧麻(ちょま)や絹糸を使い、色柄を細部までこだわり、たっぷりとした身幅に仕立てられ、王家ならではの風格を感じさせます。
また、調度品は、箔絵、沈金、螺鈿の技術を使用した漆器をご紹介します。王国時代の精緻な漆工芸をお楽しみください。
三線
3月4日の「さんしんの日」にちなんで、金武家「壱石(いちくくう)」を公開します。
「壱石」とは、飢饉の起きた年に米一石と交換されたことにちなんでいます。
本品は、もともと尚順(松山御殿)が所有していましたが、金武良仁が尚順の病気療養中に毎日歌三線で慰めたため、金武家へ贈られました。
松竹梅の紅型衣裳 / 首里那覇鳥瞰図屏風 / 王国の漆工芸技術~沈金・堆錦~
今月は尚家資料と福地家資料から、松竹梅の紅型衣裳をご紹介します。
縁起の良い事で知られる松竹梅は、もともとは中国の「歳寒三友(さいかんさんゆう)」という考え方が日本に伝わったものです。松と竹は寒い冬でも緑を保ち、梅は寒中に花を咲かせることから、心や行いがきれいで正しく、自分の信じる主義・主張などを守りとおすことを表したものと考えられています。
日本では松(まつ)・竹(たけ)が常緑で梅(うめ)が寒中に花開くことから、転じて不老長寿(ふろうちょうじゅ)を表すと考えられるようになりました。
松竹梅は慶事(けいじ)・吉祥(きっしょう)の象徴として、祝いの席で謡われたり、陶器や漆器、晴着の衣裳など広く使われます。鶴亀(つるかめ)と並んでもっとも人々に親しまれる吉祥の文様といえます。
また、調度品は首里那覇鳥瞰図屏風(伊江家資料)と、沈金と堆錦の技術を使用した漆器をご紹介します。王国時代の首里から那覇の風景と、精緻な漆工芸をお楽しみください。
王国時代の子ども衣裳 / 首里那覇鳥瞰図屏風 / 王国の漆工芸技術~沈金・堆錦~
今月は尚家資料と福地家資料から、王国時代の子ども衣裳をご紹介します。
王国時代の王族や上級士族の子ども達もまた、上流階級ならではの紅型(びんがた)や絣(かすり)の華やかな衣裳を身に付けていました。
衣裳には、肩や身頃に「あげ」が入れられ、成長に合わせて袖丈や身丈の調節が出来るように仕立てられました。
当時は、女子は13歳、男子は13~15歳で成人とされましたが、振袖の衣裳は男女の別なく、成人前の子どもが身につけました。
一方、幼児の衣裳には、背中の衿の下に「マブヤーウー」(魂糸)という魔よけの飾り糸が付けられました。子どもの魂は弱く、体から抜け落ちやすいので、それをとめるお守りとされました。
また、調度品は首里那覇鳥瞰図屏風(伊江家資料)と、沈金と堆錦の技術を使用した漆器をご紹介します。王国時代の首里から那覇の風景と、精緻な漆工芸をお楽しみください。
沖縄の文様~いろ・かたち・うごき~
沖縄では、琉球王国時代から様々な工芸品が作られてきました。これらに表現された文様は、貿易などを通して交流のあった日本や中国、東南アジアなど周辺諸国からもたらされ、取り入れられたものです。
例えば、紅型(びんがた)に描かれる文様は、大きく分けて中国系と日本系のものの2系統があります。中国系には龍や鳳凰(ほうおう)、蝙蝠(こうもり)、蓬莱山(ほうらいさん)などがあり、日本系には梅や桜、菖蒲(しょうぶ)、紅葉(もみじ)、雪などがあります。これら動物や植物などそのほとんどは沖縄には存在しないものですが、絵画や染織品などを通して文様が伝わり、その文様が琉球・沖縄で定着したものと考えられています。
また、琉球・沖縄でこうした文様が繰り返し描かれるうちに、中には文様の元となった動物や植物の持つ季節感や意味から離れ、組み合わせ方や色づかいが独自の表現に変化していったものもありました。
今回の企画展では、これら染織品、漆器、陶器、金工品などの文様を、色彩・形状・構成・動線などの様々な視点からみることで、沖縄で文様がどのように表現されているかを探り、紹介します。
王国時代の冬衣裳 / 王国の漆工芸技術~朱漆の漆器~
今月は、尚家資料と福地家資料の中から、王国時代の冬衣裳をご紹介します。
また、調度品は沈金と堆錦の技術を使用した朱漆の漆器をご紹介します。王国時代の精緻な漆工芸をお楽しみください。
王国時代の女性衣裳 / 王国の漆工芸技術~朱漆の漆器~
今月は、尚家資料、福地家資料、グシ(※)宮城家資料の中から、王国時代の女性の衣裳をご紹介します。
王国時代の女性の衣装は、胴衣(ドゥジン)、裙(カカン)と、その上から重ね着する表着(おもてぎ)からなります。表着は夏物は田無(タナシ)、冬物は綿衣(ワタンス)と呼ばれ、使用できる素材や柄が階級によって異なっていました。
上級士族の婦人は、夏は苧麻(ちょま)、芭蕉(ばしょう)などの絣織物を、冬は地紋の入った絹織物や紅型(びんがた)染めの木綿を袷(あわせ)にして着用しました。
また、調度品は沈金や螺鈿、堆錦の技術を使用した朱漆の漆器をご紹介します。王国時代の精緻な漆工芸をお楽しみください。
※グシ=双かんむりに牛
「琉球処分」と明治期沖縄県政
1879年に琉球王国が解体されて沖縄県が設置されました。主に明治期沖縄県政関係文書を含む横内家文書を紹介しながら、「琉球処分」によって、沖縄の教育・産業経済・兵事などが変化していく様相を明らかにします。
石澤司コレクション展 郵便で見る沖縄史~琉球処分から日本復帰までの郵便物~
国際切手展で「琉球切手」を世界に紹介し、金賞を多数受賞した那覇市出身の沖縄郵便史研究家・石澤司氏のコレクションを、故郷沖縄の地で初紹介します。
また、本展示会は11月25日までを戦前編、11月27日以降を戦後編と内容を二回に分け、展示内容を大幅に変更致します。
皆様、前半編と後半編の展示をそれぞれお見逃しのないよう、ご来館ください。